Case: 年俸制~年俸額決定に関する問題~
(N社事件・東京高判平20.4.9 労判959-6)
年俸制とは
年俸制とは一般的に、社員の業績等に関する目標達成度を評価して、1年単位で賃金総額を決定する賃金制度です。プロ野球選手のように、成績に応じて毎年上下する形ではなく、いわゆる目標管理の手法を用いて、能力給・業績給の比率を高めた賃金制度を用いている企業がよくみられます。
これは、年俸制の対象者に毎(半)年の年間目標を設定し、年(半年)度末にその達成度を評価して、翌年の目標と年間給与を定めるというものです。社員の活性化対策として、また、能力・成果主義による人材登用のための制度として考えられています。
年俸額決定の方法
年俸制の導入については、就業規則の変更が必要であり、変更の合理性が問題とされます。 また、年俸制の運用においては、目標達成度の評価に関して、会社と社員の意見が対立して折り合いがつかないような事態が起こり得ます。年俸額が上がり続ける場合はよいのですが、評価によって下がるような場合に起こりがちです。かかる場合の年俸額の決定については、どのように考えればよいのでしょうか。
以下に、このような年俸額の決定について争われた裁判例を検討します。
社員の同意なく、年俸額の決定が”できる”とされた例
S社事件(東京地判平19.3.26労判943-41)は、社員の同意がなければ年俸額の減額はできない制度なのかが問題となったケースです。裁判所は、以下のポイントから、社員の同意なく年俸額を減額できると判断しました。
- 会社は、従来、就業規則等に基づき年功給による賃金制度を採用していたが、社員の勤労意欲の向上等を目的として個別の年俸契約に基づく年俸制を導入することとした。
- 年俸制の導入に際して、モーニングミーティングにおいて、制度の導入後一定期間については従来の年収額が保証され、その後に増減を伴う年俸制となることが説明された。
- そして、個別面談が行われ、訴訟を起こした社員を含む多くの正社員が年俸制の導入については同意した。
- その後、会社就業規則・給与規定等を改正し、新給与規定に年俸制にかかる条項「労使双方面談のうえ原則として7月中に次年度の年俸を決定する。」旨が設けられた。
以上のように、増減を伴う年俸制となることの説明やその年俸制導入自体への同意、就業規則の規定等から、社員の同意なく年俸額を減額できるとされました。
社員の同意なく年俸額の決定が”できない”とされた例
一方、会社に評価決定権がないとされた例として、N社事件(東京高判平20.4.9労判959-6)があります。まず、期間の定めのない雇用契約における年俸制においての、同裁判所の見解を整理すると次の通りです。
- ・就業規則等に次の内容を制度化、明文化すること
・年俸額決定のための成果/業績評価基準
・年俸額決定手続
・減額の限界の有無
・不服申立手続等 - 1.の内容が公正であること
そして、会社と社員との間で、新年度の賃金額についての合意が成立しない場合、上記の①および②の要件が満たされていない場合は、労働基準法15条(労働条件の明示)、89条(就業規則の作成及び届出の義務)の趣旨に照らし、特別の事情が認められない限り、会社に一方的な評価決定権はないと解するのが相当としました。
本件では、年俸制は、20年以上前から実施されてきたものの、上述の年俸制についての制度化および明文化がなされていませんでした。また、労基署から規定化の是正勧告を受けたにも関わらずこれを怠ったことで、その不利益を会社が受けてもやむを得ないとされました。
よって、年俸額について、会社と社員間で合意が成立しなかった場合、会社に一方的な年俸額決定権はなく、前年度の年俸額をもって、次年度の年俸額とせざるを得ないとされました。
年俸額決定についての考え方
労働基準法は、労働条件の明示事項(15条)や就業規則に絶対に記載すべき事項(89条)を定めており、賃金もこれに含まれます。具体的には、賃金の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切及び支払の時期並びに昇給に関する事項があげられます。年俸制においてもこれは同様です。
以上によると、S社事件のように、就業規則に年俸額の決定方法を明記しておくことが必要です。記載にあたっては社員の誤解がないよう、実態に応じて適切に記載することが求められます。 さらに、社員とのトラブルを避けるためには、N社事件が述べるようなより具体的な制度を規定化しておくことが望まれます。
つまり、年俸額決定のための成果・業績評価基準、年俸額決定手続、減額の限界の有無、不服申立手続等を制度化して就業規則等に明示することです。また、その内容が公正でない場合、規定の合理性が問題となりますので、この点も十分な検討が必要でしょう。 N社事件は会社にとって、厳しい要件を課しており、これがスタンダードとまでは言い切れません。
しかし、このような規定化は、運用が明確になるため、会社にとっても説明の根拠が明確となり、社員にとっても納得が得られやすくなるため、良好な労使関係に有用と言えます。
年金額決定のポイント
- 就業規則に年俸額決定方法を明記します。
- 評価基準、減額の限界の有無、不服申立手続き等、具体的な制度を規定しておくと、スムーズな運用、トラブル防止となります。
