
【概要】
今回もアンドルー・カーネギーの事例をとりあげます。
前回は、カーネギーが、子うさぎのエサになる草をたくさんとってきた子供の名前を子ウサギにつけることで、成功したことを説明しました。
こうして、名前の大切さを強く感じたカーネギーは、ビジネスにも、応用しています。こういう話があります。
カーネギーは、ペンシルバニア鉄道会社にレールを売り込もうとしていました。当時、この鉄道会社の社長は、エドガー・トムソンという人でした。そして、カーネギーはピッツバーグに製鉄工場を建てました。この製鉄工場は、エドガー・トムソン製鋼所と名づけました。
その後、どうなったのかは読者の想像にお任せすると「人を動かす」(D・カーネギー著)に書いてありましたが、この鉄鋼所の名前をきっかけに、取引が成功したと思われます。
また、こういう話しもあります。
カーネギーの会社はジョージ・プルマンの会社とユニオン・パシフィック会社に採算を無視して寝台車を売り込む競争をしていました。そこで、カーネギーは、両社が合併することが得策だと考えていました。このことをプルマンに相談しました。
プルマンは、こういいました。「ところで、その新会社の名前はどうするのかね」
カーネギーは、こう答えました。「もちろん、プルマン・パレス車両会社にしますよ」。その後、プルマンは、前向きな姿勢となり、このときの相談が工業史に新しいページを加えることになりました。
また、カーネギーは、自分のもとで働いている多数の労働者の名前を覚えていることが自慢でした。そして、カーネギーが陣頭指揮しているときは、ストライキが一度も発生しませんでした。
このようにカーネギーは、取引先や社員の名前を尊重することで、大きく成功しました。
次回も名前の大切さを取り上げます。お楽しみにしていて下さい。









